デザインの力で社会を動かす先駆者たち
- デザインの力で社会を動かす先駆者たち
- 社会変革デザインを実践する10人
- 1. 筧 裕介氏(特定非営利活動法人イシュープラスデザイン 代表)
- 2. 横石 知二氏(株式会社いろどり 社長)
- 3. 駒崎 弘樹氏(認定NPO法人フローレンス代表理事)
- 4. 木田 聖子氏(株式会社チャイルドハート 代表)
- 5. 平田 眞弓氏(特定非営利活動法人楽しいモグラクラブ 代表)
- 6.工藤 啓氏(認定特定非営利活動法人「育て上げ」ネット 理事長)
- 7. 渡邊 智惠子氏(株式会社アバンティ 創業者・代表取締役)
- 8. 波多野 信子氏(特定非営利活動法人循環生活研究所 代表/理事)
- 9. 秋元 祥治氏(NPO法人G-net 創業者・理事)
- 10. 野中 美紀氏(株式会社SUMIKIL代表)
- まとめ
今日の社会は、少子高齢化、地域格差、環境問題など、複雑で多様な課題に直面しています。これらの課題に対し、単なる慈善活動や従来のビジネス手法では解決が難しいケースも少なくありません。そこで注目されているのが、「社会変革デザイン」です。
社会変革デザインとは、デザイナーがモノづくりで培ってきた「デザイン思考」を応用し、社会の構造を深く理解した上で、人間中心のアプローチで課題の本質を見極め、持続可能で革新的な解決策を「設計」していく試みです。これは、単に製品やサービスの見た目を良くするだけでなく、「誰かの課題を解決する」という広義の意味での「設計」に他なりません。
本記事では、この「社会変革デザイン」を実践し、社会に大きな変革をもたらしている10人の先駆者たちと、彼らがどのようにデザインの力を活用しているのかをご紹介します。彼らは、まさに社会の「構造の設計者」として、それぞれの分野で新たな価値を創造しています。
社会変革デザインを実践する10人
1. 筧 裕介氏(特定非営利活動法人イシュープラスデザイン 代表)
地域のつながりを可視化し、協働を生み出す構造デザイナー
筧氏は、地域が抱える複雑な社会課題に対し、「個別の症状に対処する工学的アプローチ」ではなく、社会全体の構造と流れをデザインするソーシャルデザイン的アプローチを重視しています。彼は、SDGsの視点を軸に、カードゲームや体験型構成を取り入れた「SDGs de 地方創生」プログラムを設計。行政関係者や地域事業者など、多様な参加者が自身の仕事や事業を地域全体のつながりの中で体感しながら学べる場を創出しています。
デザインの力
抽象的な社会課題を可視化し、参加者の共感を通じて問題意識を明確にした上で、多様な人々をつなぎ、地域全体で持続可能な解決策をともに生み出す「場」と「プロセス」を設計しています。
2. 横石 知二氏(株式会社いろどり 社長)
葉っぱで町を再生し、高齢者に生きがいを届ける仕掛け人
徳島県上勝町で、高齢化や過疎化に直面する農家を支援するため、料理の“つまもの”(料理の彩りに添える葉)を核にした「葉っぱビジネス」を立ち上げました。横石氏は、高齢者でも扱いやすく、短い収穫サイクルが可能な葉っぱに注目し、ICTを活用した「上勝情報ネットワーク」によって、市場情報や受注情報を提供。農家が市場動向を把握し、自律的に出荷計画できる仕組みを構築しました。これにより、高齢者が生きがいと収入を得る持続可能な事業モデルとなり、地域の主力産業に成長しました。
デザインの力
地域の高齢者の潜在力と、長らく価値が見過ごされてきた地域資源(葉っぱ)を結びつけ、デジタル技術を活用することで、高齢者が経済的にも精神的にも豊かになる事業構造と地域の生態系を設計しています。
3. 駒崎 弘樹氏(認定NPO法人フローレンス代表理事)
地域資源を活かし、働く親を支える病児保育モデルの開発者
駒崎氏は、「子どもが熱を出して看病のために休んだ結果、職を失った」という話をきっかけに、病児保育の現状に強い疑問を持ちました。フローレンスでは、不採算とされがちだった病児保育事業を、**商店街の空き店舗を活用した「商店街病児保育室モデル」**など、従来とは異なる地域連携型モデルの設計により収益性の改善を図りました。これにより、多くの働く親が、キャリアや仕事を犠牲にすることなく安心して働ける社会の実現に貢献しています。
デザインの力
社会に満たされていないニーズ(病児保育)に対し、地域の既存資源(空き店舗)と新モデル(地域連携型病児保育)を組み合わせることで、持続可能な社会インフラを設計しました。
4. 木田 聖子氏(株式会社チャイルドハート 代表)
透明性と安心を両立させる、保育現場のオープンイノベーター
木田氏は、「安心・安全・情報開示」という保護者の強いニーズに応えるため、全面ガラス張りの内装やWebカメラによる見える化を導入し、保育の透明性を高めました。これにより、親がリアルタイムで子どもの様子を確認できるようになり、保育の質にも寄与しています。リスクへの慎重な配慮も行いながらこの導入を推進し、情報セキュリティや現場運営の両面で他の園のモデルとなる仕組みを設計しました。
デザインの力
保護者の潜在的不安に対し、デジタル技術(Webカメラ)と建築的な工夫(ガラス張り)を応用し、保育サービスの透明性と信頼性を高める革新的な仕組みを設計しました。
5. 平田 眞弓氏(特定非営利活動法人楽しいモグラクラブ 代表)
居場所と仕事のあいだに、新しい働き方をつくるコミュニティビルダー
平田氏は、不登校や引きこもり、発達障害をもつ若者たちが社会とつながり、自立へ向かうための場として、喫茶店「モグラクラブ」を運営。その後、2004年にNPO法人化し、2012年には就労継続支援B型事業所「工房mole」を立ち上げました。ここでは、動画編集やプログラミング、ちぎり絵など幅広い活動を通じて、利用者が自分のペースで「中間的な就労体験」を積める環境を設計しています。
デザインの力
社会的に孤立しがちな人々に、「居場所」と「働きではない形の仕事づくり」を通じて自主的な社会参加を促す、新たな就労モデルとコミュニティを設計しています。
6.工藤 啓氏(認定特定非営利活動法人「育て上げ」ネット 理事長)
若者と社会をつなぎ、未来志向のキャリアを設計する人材育成者
工藤氏は、若者たちの無業化や社会との断絶に懸念を抱き、2001年に任意団体「育て上げネット」を設立。2004年にはNPO法人となり理事長に就任しました。金銭感覚やキャリアの基盤を育むため、金融機関と協働で高校生向けの金銭基礎教育プログラム「MoneyConnection®」を開発。これは、生活に必要な「お金と働くこと」をシミュレーション型で学ぶもので、無業化・ニート予防を目的に、多数の高校で導入されています。
デザインの力
教育現場と金融の知見をつなぎ、若者が「働く」と「お金」の本質に主体的に向き合える、社会参画の基盤を設計するプログラムを創出しました。
7. 渡邊 智惠子氏(株式会社アバンティ 創業者・代表取締役)
綿から市場まで、持続可能な未来を紡ぐオーガニックコットンの旗手
渡邊氏は、通常の綿が環境や人体に大きな負荷をもたらす現実に衝撃を受け、1990年からオーガニックコットンの原綿輸入を開始。1985年設立のアバンティでは、1994年までに原綿から糸、生地、最終製品までを一貫して手がける供給体制を構築しました。さらに、日本オーガニックコットン協会の設立および認証基準策定にも関わり、国内におけるオーガニックコットンの普及を牽引しました。
デザインの力
環境と健康志向に応えるため、生産から流通、製造、販売までのプロセスを「持続可能性」の観点から再設計し、新しい市場の創出と社会への価値提供を実現しました。
8. 波多野 信子氏(特定非営利活動法人循環生活研究所 代表/理事)
堆肥を核に、地域をつなぐ循環型コミュニティの創造者
波多野氏は、1997年に娘のたいら由以子氏と共にコンポスト研究と普及活動を本格的にスタートし、循環生活研究所を設立しました。NPOでは、初心者でも扱いやすい「ダンボールコンポスト」を開発し、年間350回以上の講座を実施。その過程で、地域における市民同士の交流や農園での実践イベントを通じて、「堆肥を核としたコミュニティ」を育む場を設計しています。
デザインの力
環境(生ゴミ)を契機に、楽しみながら参加できる実践的な学びや交流の場を設計し、地域住民の主体的な循環活動とつながりの再生を促しています。
9. 秋元 祥治氏(NPO法人G-net 創業者・理事)
地方と若者を結び、挑戦の舞台を広げる人材エコシステムの設計者
秋元氏は、「地方の若者が夢や志をあきらめず挑戦できる機会をつくりたい」との想いから、2001年にG-netを創業しました。岐阜の地域産業と意欲ある学生をつなぐ長期実践型インターンシップ(ホンキ系インターンシップ)や、地域協働型、企業訪問型(シゴトリップ)など、多様な実践プログラムを設計し、多くの若者が地元で起業や就職するきっかけをつくりました。
デザインの力
若者の挑戦意欲と地域資源をつなぎ、持続的な人材育成と地域産業の革新を生むエコシステムを設計しています。
10. 野中 美紀氏(株式会社SUMIKIL代表)
髪を通じて、患者の生活と自信を取り戻すサポートデザイナー
野中氏は、自身が抗がん剤治療の副作用による脱毛を経験し、その過程で高価な医療用かつらが患者の生活に大きな負担となっている現実に直面しました。「髪は命の一部。患者が当たり前に生活できるQOLを取り戻したい」という想いから、安価で質の高い医療用人毛ウィッグを提供する事業を立ち上げました。素材や製造工程を吟味しつつ、利用者の声を反映した改良を重ね、自然な見た目と快適な装着感を両立。さらに、購入後も安心して使用できるアフターケア体制を整えています。
デザインの力
がん患者の切実なニーズに対し、原材料選定から製造・販売・アフターサポートまでを一貫して設計。経済的負担を軽減しながら、心身の回復を支える製品とサービスを通じて、患者の生活の質を向上させる仕組みを築きました。
まとめ
ここに挙げた10人の先駆者たちは、それぞれ異なる社会課題に向き合いながらも、共通して「デザイン思考」の精神を実践しています。彼らは、単に問題解決に留まらず、ユーザー(社会の当事者)の潜在的なニーズに深く共感し、既成概念にとらわれない革新的なアイデアを生み出し、素早く試作・検証を繰り返すことで、持続可能な解決策を「設計」しています。
彼らの仕事は、社会課題を「ビジネスチャンス」に変え、企業や組織、そして地域全体が「構造の設計者」として、より良い未来を築く可能性を示しています。デジタル技術の活用、多様な関係者との協働、そして失敗を恐れない試行錯誤の文化 が、社会変革デザインを推進する上で不可欠な要素です。
このような先駆者たちの実践は、私たち一人ひとりが身近な問題に目を向け、デザインの力を活用することで、社会に大きな変化をもたらすことができるという希望を与えてくれます。

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